挨拶とは・・・

このブログも12/22に再開して、一週間も経った。一年の計は元旦にありというのは誠にごもっともであり、冬至点を新年と位置付けてスタートさせてから、苦もなく続けられている。多少きついと思う瞬間もあるが、やらないほうが気持ち悪いというのが勝っているので、人間の不思議・人間の強さを改めて感じている。

先日とあるところで餅つきを行ってきた、かなりの人数が集まり大盛り上がりの場所である。主役は子供たち、私のような年長者はサポート・黒子に徹する。私の場合、到着して最初はその場に馴染むまで時間がかかる。中学生・高校生とは顔馴染みなのに誰も挨拶はしない、なんとなくそこにいると認識されたら話すというのがパターンだ。それならそれで構わないが、やはり日本人としての血がそう思わせるのだろうが、挨拶を交わしてからの方が皆気持ちいいに決まっている。

ここからは古い考えになってしまうのだが・・・、どちらが先に挨拶するかは、やはり歳下の方からだろというのをずっと思っていた。確かに間違いではないのだけれど、なんかケチくさいというか、序列をつけているようでその考えが嫌になってきた。悶々とするくらいなら、さわやかに挨拶をして気持ちよくなればいいというフレッシュな考えに変わった。これは聞いていないからなんとも言えないのだが、もしかしたら先方も来てくれたーって思っていてくれてるかもしれない。しかし、こちらが挨拶は若い方からせいなんてスタンスでいるから、怖くて話しかけられないのではないか?思っていることは表情に出るし、身構えてることで硬い顔になっていたのではないか。そう考えたら、本当に申し訳ないし今までも同じことで嫌な思いをさせてきてしまった人が沢山いたに違いない。まして昨日のような場面はこちらはお呼ばれした側で、お邪魔しているわけだから、なおさら相手が先に挨拶するだろなんて考えちゃいけない。礼儀も大切だけど、それに固執して場の空気を悪くすることよりみんなが明るく楽しくなれることの方が大切だと思うことにした。

自分で言うのもなんだが、よくこの考えに辿り着いたと感心する。これは自分一人の力でやってこれたわけではない、多くの方とのご縁があって、触れ合うことで様々な価値観に出会い学べたからである。こうして書き綴っている間にも、自分は寂しくはなく、たくさんの友達がいるのだと再認識できた。12月の暮れの空気の澄んだ清々しい日にとても心が晴れる気持ちになれて私はとても幸せなのであった。