気色悪い

先日こんなことがあった、カフェで原稿作業している時に隣の男が電話を始めた。ボリュームを抑える様子はない、しばらく静観する。すぐに会話を終わらせる常識人間ではなかったので注意した、言わずもがな穏やかに敬意を込めて。何も言わず立ち上げると、シッシというジェスチャー・・・。

あー始まるかな、少し離れた席に座るも電話を切る気配なし、再び注意、尚も席を離れ会話は止まらず、三度目の注意のところで、電話を切りでかい声をあげる。警察呼ぶだの、店員さんには通話は禁止ですか?という幼稚な質問。つまりは気狂いである、今まだもこうやって対処してきたのだろうが相手が悪かった。そういう奴は許さない、と次の瞬間、動画を撮ってきた。気持ち悪さを曝け出し、自分で俺は馬鹿ですと公表するようなものである。

結局どうなったかというと、自分で警備員を呼べと言って意気込んで、自らが追い出されてしまった。救われたのが、そこのスタッフさんが皆理解ある人であった。電話してはいけないというわけではないが、他の周りのお客様にご迷惑がかかるのでとおっしゃってくれた。忙しい中で、変な男にそれこそ何をしでかすかわからない輩に勇気を持って言ってくれた。お店全体が、一丸となって悪いものは悪いと立ち向かってくれたのである。だからこそ警備員は私の方には来なかったし、真っ先に向こうの方へ寄り、当の人間も気まずくなって立ち去ったのだ。

私のやっていることは正義ではない、無論悪でもない。ただ嫌なことは嫌だと、筋道を立てて申し上げた次第である。しかし、相変わらず蛆虫みたいなのが蔓延っている。黙った方が安全であるし、嫌な思いをしなくて済む。でも私は変わり者で、ならぬものはならぬと言わないほうが嫌な思いがするのだ、自分自身に失礼という感情が湧き、ものすごく後悔する。その現場を何度もフラッシュバックし妄想で注意するのである、それこそアホである。言うのはいっときの恥、いわぬは一生の恥なのだと、自分の生態系の一端に最近気付いた。しかし、私の周りからすれば迷惑以外の何者でもない。以前は、世のため人のためやと胸を張っていたものだが、逆にうざがられている。だから昔から嫌われているのだろうな。

人間関係の構築など、正義かどうかということではない。何でも大勢のほうになびく、言われたことにほいほいなびく。ただそれだけ、羊になればそれで成し得る。悪いが私は羊ではない、れっきとした人間である。以上。