東京オリンピックが始まっているが、あの開会式で少々疲れてしまいなんとなく興醒めしていた。テレビでオリンピックの競技のばっかりだから、柔道を見る。阿部一二三選手が出ていた。ちょうど決勝戦、金メダルを獲得。よかったなぁと普通に冷静に祝福していたが、勝負が決まった後の振る舞いに私は心が熱くなった。オリンピック柔道にみられる勝った後のガッツポーズなどが全くない、そして全く表情を崩さない。若い世代で、こんな日本人がまだいたのかと感動した!
私は中学生の頃柔道の経験がある、ほんの短期間だけだが黒帯は取った。そして地元の試合で、強い選手に勝った時思わずガッツポーズをしてしまい周りにめちゃめちゃ怒られた。その頃相撲を続けるか、柔道に転向するか迷ったが、礼に始まりなんちゃらと、相撲と同じことを標榜しながら、ではなぜオリンピックでは皆してるのかという問いには答えられないという世界に魅力を感じなくなり相撲の道を続けたのだ。
どんな名選手も、オリンピックの舞台では喜びを惜しげもなく表現する。そりゃそうだろう、代表に選ばれるのはオリンピックで勝ことより難しいと言われてるくらい厳しい選考を勝ち抜いて日の丸を背負っているのだから。だからオリンピックだけは、暗黙の了解なんだと思う。でも一二三選手は柔道の本分を貫いた、礼を尽くし、相手を称え、畳に感謝した。そして畳を降りて、メリハリがついたところで仲間に笑顔で応えた。今回代表に選ばれた選手はみんな大変な思いをしただろうが、阿部一二三ほど大変だった選手はいないのではないだろうか?オリンピックが一年延期されたことも加味されるが、歴代柔道選手の中でも一二を争うと思う。幸か不幸か、イケメンなこと、妹の詩選手という存在もいてこちらも可愛い、美男美女の兄妹ということで世間で何かと注目されてきた。そして自身の階級の選手層が熱く、代表選考がとても大変だったこと。過去の苦労が一気に報われたというのに、あれだけ一本筋の通った姿を見せつけられると、参ったとしか言いようがない。
私には日本人の悪い癖がある、それは判官贔屓である。最後まで阿部一二三と代表を争っていた丸山城志郎選手のことがずっと引っ掛かっていた、私が気にしたところで彼のオリンピックに出れなかった悔しさが払拭されるわけではないと思うが、阿部一二三の試合はテレビで見ただろうか?もし一二三がガッツポーズするような選手だったら、私の丸山選手に対する気の毒な思いは続いていたと思う。しかし、今全くそうは思わない。丸山選手には、胸を張って堂々と生きてほしいと思う。阿部一二三という心技体の揃った最強の選手と最後まで熾烈な代表を争ったわけだから。そして、もしまだ悔しさなどマイナスな気持ちを引きずっていたのなら、「諦めなさいな、そこが阿部選手との差ではないかな?」とかなり酷いことではあるが言いたい。
阿部選手は兄妹で金メダルとかそんなことはともかく、あの振る舞いに心を奪われた。金メダルが取れてハッピーだが、むしろこれからが大変だろう。私利私欲の塊である政治家やマスコミなどに己の利権のためだけに引っ張り回されろことは必至。兄妹共々そういうことに心身が疲弊しないことを祈るばかりである。
さてさて相撲人の私が柔道のことばかり書いてしまったが、相撲をしている全ての人間に阿部一二三の振る舞いを見習って欲しい。大相撲は伝統美を重んずるためガッツポーズはそんなに目立たない(記憶に新しいのは名古屋場所千秋楽の横綱白鵬か)。小・中・高・大学などの競技性の強いアマチュア相撲に多い。そしてこれが大変残念なことに、強豪校に限って見るに耐えかねないガッツポーズや雄叫びが乱発している。一体これのどこが礼に始まり、礼に終わるのだろうか?その試合かける思い、積み上げてきた努力は並々ならぬものがあるかと思う。けれども、試合に勝つということは相手がいて初めて成り立っていること。なんぼ一生懸命鍛えて強靭な肉体を作り上げても、対戦する人間がいなければその能力を発揮できない。
試合する場所もそう、長い期間かけて綿密に打ち合わせして、選手が労せず、スムーズに進行できるよう多くの人の尽力があってそういった会場は成り立っている。決して勝った自分、チームメイト、その身内だけが努力したわけではないのだ。負けて悔しい思いをしている対戦相手は一体どんな思いだろう?そして、そのチームの関係者や、親御さんや親戚は・・・。多くの人が関わって成り立っているのに見苦しい、相手を敬わないのは相撲にあらず。力は強いだろうが、心までは育たないだろう。
何を隠そう、私も思い切りガッツポーズをしたことがある。あとで映像で見返したら、寒気がするくらい恥ずかしかった。それに幸いなことに私の周りにはきちんと怒ってくれる人がいてくれた。その点では恵まれていると思う。勝てば官軍なんていう考えは捨て、相撲の本分を今一度考えて欲しい。そうなれば、世界に相撲の美・日本の美があらためて評価され、悲願であるオリンピック種目になるのもそう遠くはないはずだ。