ほくろ

 大相撲、そして大岩戸に造旨が深い方ならご存知かと思う。私の右足太ももの裏にはアザボクロが「あった」。今はすっかりなくなったのだが、この存在を意識し始めたのは小学生になってからである。普通の人からすると別に何とも思わないかもしれないが、心ない人間からはほくろがついてるだけでバカにされとても気になった。夏が近くなると、短パンを履くのが嫌で抵抗したものである、嫌でも右足裏に異常に意識がいき、過緊張し歩くのも違和感があった。

 一度親に相談したこともある、その時返された言葉は「もし、はぐれることがあったとしてもそのホクロが目印になるから大事なものなんだ」と。確かにもっともらしく聞こえたが、よくよく考えてみたら、実の息子だったら顔見りゃわかるんじゃないかと思うのでホクロは必要ないだろ?それに寒い季節にはぐれたら一人一人ボトムを脱がせてチェックするか?まずしないだろう、そんな言葉を信じるなんてやはり子供は青い。

 しかし余談であるが、つい最近仕事で役2年ぶりに地元に行き、親の職場に顔を出したが父親・母親共に自分の息子に気付かなかった。確かに最後に会った時より20kgは痩せた、髪型は変えた。しかしそれにしても気付かないとは、いやはやあながちホクロは必要だという説もこれじゃ否定できない。

 同世代の子供だけでなく、大人にもバカにされたし、実のところ親にまでされたことがある。こればかりはなった人間にしかわからないんだろうなと子供ながらにほくろに関しては悟った。

 相撲を始めるのに、お尻を見せるのが嫌だという子供がたくさんいるが、私はその前にほくろという存在があったのでお尻など気にもしなかった。どうせならズボン履く柔道の方がよかったのだが、何の因果か見せたくないものを一番見せつける世界に進んでしまった。

 相撲に集中すると、忘れることができたが自分の相撲のVTRを見るときは抵抗があった。高校、大学、大相撲とワンステップ進む前に除去したいなともいつも考えていたが、どのくらい費用がかかるかわからない、当然お金もない、除去するということは体に傷つけるわけだからどのくらい相撲に影響するかわからないということでいつもためらい断念した。

 引退して、もう相撲することはなくなったし、銭湯大好きな自分は気兼ねなく堂々と裸で立ち振る舞いたいと思い、ほくろを除去することを決断した。大したことじゃないのに、親に電話して除菌する旨だけは伝えた。どんだけ真面目やねん!違う、はぐれた時の目印説という洗脳を完全に断ち切れずにいただけだったと思う。

 しかし、皮膚科で診察受けたら、「腫瘍」だと言われた。良性か悪性かは取ってからじゃないとわからないので、取った方がいいでしょうというのと、保険も適用されたので、なんか除去する大義名分が立ってとても気分は楽だった。もはや悪性だろうが良性だろうが、そんなことよりも、除去できるという嬉しさだけしか頭になかった。無事簡単なオペも終わり、手術あとも少し残ったとはいえ、ホクロの時よりは目立たない存在となった。腫瘍も良性、今ではすっかり右足への過緊張も解け、大好きな銭湯もかなり満喫できている。

 私は相撲人生を27年歩んできたが、アザボクロを持った相撲競技者は片手ほどもいなかったと思う。世間一般でもそんなに見かけない、しかし、ごく僅か見かけるとドキッとしてしまう。きっとこの人も人に見られるの嫌なんだろうなと・・。足などならまだマシだ、頭部など常に曝け出している人なんて、どんな心境で街を歩いているのだろうか?

 人それぞれ感じ方があるだろうからこればかりは心中は察することはできないが、私はとても嫌でした!人は平等だなんていうけれど、全然違うなとほくろで感じてしまった。もし、広義の意味で平等というならば、同じ境遇の人を特別視で見ない、バカにしてはいけないという道徳を身に付けられたということになるだろうか?

 ほくろを含め、自分の意思ではどうすることもできない生まれ持っての人とは違った特徴を持つ人のことを絶対バカにしてはいけない。あくまで普通に接したいと思う。

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