また1人旅立った

8月26日夜一本の電話が入った。「前田勝さんが今日亡くなりました」・・・。嘘だろ、その日の朝LINEのやり取りしてたのに。

 少年相撲の指導をし、稽古が終わった夜19:00過ぎに倒れそのまま帰らぬ人となった。享年38歳、早過ぎる死に未だに半信半疑である。

 前田勝(まえたまさる)、同郷の鶴岡出身で同じ道場に通った1歳歳下の後輩である。彼が初めて道場の門を叩いた日は今も鮮明に覚えている、まだ小学3年生なのに100kg近い体格、足が太過ぎてボロボロに内側が擦り切れた体操着の半ズボンを履いていた。

 あまりにもデカく、憎めない人懐っこい顔。相撲は弱く、けどひたむきに相撲に打ち込む姿は可愛かった。思わず「おれが強くしてやる」なんて、小学生ながら生意気なことを私は発してしまった。好きこそ物の上手なれではないが、彼は道場に来るたび強くなっていった。

 相撲をやる前は、お兄さんの影響でサッカー、そして水泳を習っていたそうだが、ウェイトがネックとなり楽しくもなかったと言っていた。そのウェイトが今度は武器になるわけだからみるみる相撲が強くなり、一年もしないうちに私は勝てなくなっていた。そして前田はわずかキャリア一年で全国制覇を成し遂げた。そこから、彼が小学生時代に負けた試合を見たことがない、何連勝したのだろう?出る大会全て優勝した。一番衝撃だったのは彼が小学5年生だった東北大会。個人戦は学年別ではなく、4年生から6年生までの選手が同じトーナメントで闘う。青森には6年生の全国チャンピオンがいた。前田は決勝戦でその6年生のチャンピオンと対戦、大方の予想を覆し勝った。つまりは、2学年分の全国チャンピオンだったのである。小学生の頃というものは1学年ではそこそこ体力に差がある、それでも勝つのだから本当に強かった。当時は全国区で「怪童」と言われていたのも納得できる。

その後故郷を出て埼玉栄高校、日大、大相撲は放駒部屋、芝田山部屋と渡り歩き、2018年に引退。岩手県に就職した。顔を見るのも嫌なくらい強かったのに、あっけなく死んでしまった。人の人生の儚さをあらためて感じてしまった。どうかゆっくり休んでください。勝ありがとう。

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