モンゴル人は特に「相撲」が強いですね。

 このタイトルを考えるのに、かなり時間がかかってしまった。タイトルいかんでは、モンゴル人を否定しかねないことになりそうだったから。最初は「モンゴル人はなぜ相撲だけ強いのか」とかだったのだが、これだと相撲だけ強くて他が弱いと言う人出てくるでしょ?もはや言論の自由というものがあるようでなくなってる日本です。これからもっと目に見えない表現の制限が強くなり、息がつまるでしょう・・。

 さてさて、以前もブログで書きましたが新たなモンゴル時代に突入しました。加えて、玉鷲が日本国籍を取得し、相撲協会に指導者として残りたいという強い意志を表明しました。もはや志からあっぱれというか敵いません。

蒙古襲来と言われた、30年近く前のモンゴル人の大量入門。過去に沢山の外国人力士が入門してきましたが、成功した人は一握りです。高見山関、小錦関、曙関、武蔵丸関が有名ですが、他にも関取まで上がった人はいました。その他にも、幕下以下にはたくさんいて、ハワイ出身以外でもたくさんいたのです。

志半ばで辞めていく人がたくさんいました、旭鷲山関や、今の大島親方である旭天鵬関が入門を賑わせていた時私はまだ小学生でしたが、雑誌を見てビックリしました。あまりにも体型が細い、いわゆる一般人です。筋肉はあるけど、サッカー選手みたいな感じで、なんで相撲なのかなと思いました。

初代若乃花の二子山理事長が定年退職して、相撲のルーツをたどる旅に出るというテレビ番組を見ていて、モンゴルに日本とルールの違う相撲があるということを知りました。多少スタイルは違えど、取っ組み合う競技に慣れ親しんだモンゴルの人達に可能性を感じ、スカウトしたのだと思います。けれども、当時の日本はまだまだ外国人に対しては厳しい国だったと思います。言葉も通じないし、文化も違うからいじめられたことも多かったはずです。

成功した前例がない、0→1を作り上げるというのはかなり大変です。その扉をこじ開けた旭鷲山関や旭天鵬関は凄いです、もっと凄い存在は名参謀の旭天山さんです。入門当時6人いたモンゴル人のうち5人が大使館へ脱走した時に旭天山さんだけが逃げなかったのです、この方がいなければ、今日のモンゴル時代はなかったのです。

 おそらく、稽古よりもそれ以外での相撲部屋の生活が大変だったと思いますがなぜ乗り越えられたか・・・。モンゴルは今と違い、当時はゴリゴリの社会主義国家で、外国の文化をあまり取り入れられていなかった。なので、インフラ整備がなされていなかった。今でも遊牧民がいるくらいの国だから、生活は大変だったと思います。しかし、不便であるからこそ、小さい頃から自分の頭で考えて行動するという生きる力が日本人よりはるかに強かったのです。

そして、生きるのに必死だからこそ、厳しくも愛のある結束力のある家族が形成されているのです。相撲界にいるモンゴル人力士は、一門など関係なく、皆んな切磋琢磨し、アドバイスを送り合い、高めあって強くなっていきました。異国の地だからこそ、同じ国の仲間を思いやる心が余計強いのだと思います。そして悔しいかな、自分の身だけでなく、下の人間に対しての面倒見がいいのです。自分が目上の人によくしてもらったことは、きちんと受け継いでいるのです。

それが一番わかりやすいのが、横綱白鵬です。名選手は名監督になれないなんて言葉もあります、名選手は天才だからその教えが他の人間には浸透しないといういわれでしょうが、横綱は内弟子4人も関取に上げているのです。

 相撲が強いだけでなく、後進の指導にも全力を注ぐ。もはや人間的にも敵いません、ではなぜ大相撲界は特にモンゴルが強いのか??それは、モンゴル人の自立心の強さに反比例して、日本人力士には自立心や自覚が欠如している、もしくはさせられているからです。これは、学校教育の問題と直結しているかもしれませんが、稽古場で工夫した動きをすれば余計なことをするなと言われます。ここでモンゴルの力士なら、一旦は引き下がりますが、隙あらばふたたび同じことをします。日本人は、やりません。昔から、言うことはちゃんと聞くという教育を受けてきたから言われた通りにするのです。間違ってないです、日本で生きていくための処世術でしょう。

 しかし、これが今日の大相撲界の勢力図を形成してしまいました。日本人の良くも悪くも素直な性格をモンゴル人は見逃さないのです。稽古場で言われた通りの稽古をこなし、怒られない稽古、褒められる稽古をしてきた力士はそれなりには成功を収めるでしょうが、横綱を倒し、時代を作れるかと言われれば「?」がついてしまうでしょう。

 オリンピックを見て思いました、指導者と選手が涙を流し合う姿が眩しかったです。今の若い世代は本気・本物を求めている、指導者も人間だし、100%パーフェクトな指導なんてできないし、存在しない。けれども本気度100%はできる。たとえ少し違っても人間同士だから思いは伝わる、そんな指導者にはついていきたいと思う。

 私もかつて、え?っと思う指導を受けたことがある。その時はなんで??って思っても、時が経って恨むことなどなく、むしろ思い出話に花が咲く「財産」そのものである。

 スポーツ、特に大相撲はそれが職業だからとても大変な世界だ。だからこそ、この人についていこうっていう熱い指導者がいてほしい。そんな人がいれば苦しい稽古が苦しくなくなる、人は誰かのためにと思えばもう一踏ん張り力が出るのだから。

横綱白鵬関の指導ぶり、そして、伊勢ヶ濱親方と照ノ富士の信頼関係。今大相撲はやはりモンゴルから学ぶべきなのかもしれない。

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