相撲時代の不思議な経験。相撲を取る前から勝負の結果がわかっていた?

信じられないだろうし、うさんくさい話になるがお付き合いいただければ幸いだ。当然のことながら私以外のお相撲さんで同じ境遇の方はおらず共感を得ることが出来なかったのは残念である。その不思議な経験というのは、場所入りした時に足に力が入らない感覚になることがあったが、そんな日はだいたい負けた。足に力が入らないのは、腰を痛めてたからと思っていたが、それだけではなかったのだ。しかしこの時点では100%負けが決定したわけではない、もう一つの現象は控えに入った時に対戦相手の体を見て大きく感じたら負け、小さく感じたら勝ちだった。例え200kgを超える力士でも勝つときは小さく見えたし、自分より小さい力士でも不思議と大きく見える時があり、その時は負けた。

大きく見えたり、小さく見えたりする時の勝負結果の確率は100%だった、あまりにも不思議すぎて忘れることができない。勝負はやる前から決まっているのだろうか?というよりかは、動物的感覚でこの人には勝てないというのがわかるのかもしれない。コンディションなど聞かずとも見ただけで体の張りに出るし、ビビビと強いオーラか何かを人間は発しているのかもしれない。

ただ一つ言えることは、勝負の行く末がわかっていたところで、自分ではどうしようもなかったということ。結果を覆すことなど皆無であった。このままでは負ける兆候だ、なんとかして未来を変えることができるチャンスというならば、とても素晴らしい才能であるが、ただ受け入れるしかないのであればこれほどいらないものはない。むしろ普通の力士より精神的にハンデを背負っているといえよう。

場所入りの段階から今日は足に力が入るかどうか気になり、そこでまず足は普通通り力が入ったとして第一段階クリアしても決して不安が消えることはない、未来の勝負結果などやってみないとわからないのだから。そして第二段階、今度は土俵下の控に入った時に相手の体を見る。しっかりとなんか見たくないので、なんとなくぼんやりと体のラインをなぞるように見る。大きくて圧倒される感じであればマジかよって思ったし、小さく見えても安心はできなかった。やはり未来の勝負結果はわからないのだから。でも小さく見えたときはやはり勝った。

勝ち負けは自分でどうすることもできずコントロールは不可能であったが、100%負けにするという非常に嬉しくない方法も知っていた。それは控えに入った時に腕組みをすることである、横綱がやっていたので、真似したのだがこれがダメだった。場所入りして足腰は正常、控えに入り相手を見て小さく見えた、これは勝つ日だと安心してちょっとヒタチ(相撲用語で見栄っ張り)を決めようと腕組みをしたら負けた。これだけは、負の方向ではあるが未来を変えることができるものであった。

今振り返れば、結局楽して勝つことは出来なかったのだなということ。それと土俵という空間は神様が降りてくると言われてるくらいだから、こういった不思議な現象がおきるのも当然なのかもしれない。けれども、神様は決してズルして勝たせてくれるようなことはなかった。その辺の線引きははっきりしているところはさすがだなと思った。神様を評価するなんて顔じゃない(相撲用語で分不相応)けどね。

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