相撲論

 昔は遊びといえば相撲と言われるくらい子供の頃から慣れ親しまれたスポーツだった。私が小学生の頃にはだいぶそのような風潮も薄まりつつあったが、山形の鶴岡に限っては各小学校には土俵があり、学校によっては相撲大会が開催されたりとまだまだ相撲は盛んであった。また、地域でも相撲大会が祭りの一環として行われ、入賞すればたくさんの商品がもらえた。

今では考えられなくなってしまった光景だろう、まず裸になることを警戒してるのか?(特にお尻)。でも、博多山笠祭りもふんどしだったような?あとは、ぶつかり合うから怪我をするとか?不思議に思うのだが、逆に怪我をしないスポーツなんかあったら教えてください。コンタクト系スポーツはもちろんだが、水泳だって怪我をする。どのスポーツも怪我はつきものなのだ。怪我をしないようにいつも万全を期している、気を抜かないようにすることとか、準備運動をしっかり行い体を温めるとか対策をしてても不慮の事故はどの世界にもあるのだ。そこばかりクローズアップされれば誰だって敬遠する。

 スポーツマンシップというものが存在してるが、相撲の精神なんて世界に誇れることだと私は胸を張って言える。所作一つとってもその意味合いが日本人の美である、蹲踞(そんきょ)や塵手水(ちりちょうず)はこれから戦う対戦相手を敬い、正々堂々戦いますという意思表示をしている。礼に始まり、礼に終わるのだから体を鍛えるだけでなく、心の教育の一環になるはずなのだが・・。

 その考えが今の日本人には会わないのだろうか?アマチュア相撲ではもはや土俵の美などない。勝てばいいという風になってしまったのだ。強い学校に限ってこれだから、いい手本が存在しない。むしろ日本人より外国人の方がこういう所作などに興味を示してくれるだろう。

 私はガッツポーズはかっこよくもなんともない。強い学校に憧れ、やったことが何度かあるがビデオで見てて何とも汚ならしいと思った。そう思えたというだけで、まだ自分には望みは残っているのだ。

 話を戻せば、相撲は決して危ないスポーツではないし、一つ一つの所作を紐解けば教育の場にも活かせるということ。これほどやりがいのあるスポーツはない。危ないと言ってる人間はおおかたしっかり準備運動もせず、気を抜いて怪我をしたんじゃないか?だいたい真剣に取り組まなかった人間が恨みつらみで言ってる場合が多い。ちゃんとやってきた人間はそんなことは言わない。

自分のやってきたことをひいきにしたいというのは否定しないが、相撲を勝ち負け以外で多くの人に好きになってほしいという思いは強い。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です