自伝その11

 小学校6年生になり、自覚というか皆を引っ張るぞという気合いがみなぎっていた。そんな私の気持ちとは裏腹に周りはやる気があまりなかった。特に小学校のチームは地元じゃ目下3連覇中、やっぱり自分の代も優勝したいというのがあって当然のはずなのだが・・他のスポーツもやってて副業みたいな感覚の人間にはわからないだろう。その件でかなり問題になったこともある、そうなってくると妬む人間も現れる。なぜ一生懸命頑張って、他の子が遊んでる時に努力した人間が否定されるのか当時は不思議だった。結局4連覇を果たし、目標は達成したが後味は悪かったし、その後小学校のチームは衰退していった。

道場の方は、一つ下の前田フィーバーで盛り上がっていた。全国優勝したことで、道場に取材が殺到。一躍注目を浴びることになる。新聞だけでなく、テレビもくる、前田の強いアングルが欲しいから、稽古相手の私は負けるシーンしか撮られなかった。もっともこの頃は10番やって1、2番しか勝てないから同じことだけどね。前田とは練習以外でも会って遊びに行った、お互いの家を行き来して近所のおもちゃ屋なんか行ったりして。そうすると、前田は有名人だし体がでかいから、周りに注目される。おもちゃ屋行けば彼だけサービスされる、めちゃくちゃそれが嫌だった。今だと注目される苦悩というのが、わかるからむしろ可哀想と思うくらいだが、おんなじ練習してきてなんでこんなに差がつくんだ?とイライラしていた。そのうち彼とも遊ばなくなった。結局小学校で妬まれていたのは、自分が前田に対して抱いていた負のオーラが巡り巡って返って来ただけのことなんです。いいことも悪いことも他人にしたら自分に返ってくるんだよ、当時の私に教えてやりたいです。

 6年生も遠征続きで、休みはほとんど相撲に捧げた。そして最後の大会立川大会は、道場として団体ベスト8だった。あのハイレベルな大会で8に入れは立派なもの、しかも私は個人戦で三位に入った子に勝っていた。つまりその気になれば全国でも入賞できる実力はあるんだと自信になった、けれどもメンタルがね。団体戦は皆んなで戦うから力が出るけど個人戦は緊張してまるでダメ。

 小学校時代は相撲に出会い、目まぐるしく環境が変わっていきました。田舎から東京に行く機会もたくさんあったし、東北各地も周った。色んな人に出会い、成長できた。相撲してなかったら何してたんだろう?と今ふと思う。人生って不思議です。

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