自伝19 定まらない進路

 夢のようだった大相撲初観戦、相撲部屋朝稽古見学、東京見物。最高のもてなしを受けたが結局は佐渡ヶ嶽部屋の入門を断った。けれども進路は迷っていた。普通一般の中学生の子なら、どこの高校にしようかなぁ?あそこはレベルが高いからこっちの高校受けようかなぁ、専願じゃもしものことがあるから、併願にしとこうかなぁ?まぁこんなところだろう。ところが私の場合、15歳半ばにして大相撲に入るか高校に行くかという究極の選択に迫られているのである。このイレギュラーなパターンに担任の先生のアドバイスなどもはや参考にはならなかった。今でこそ相撲協会も現役力士でも通信の高校に通わせて、高卒の資格を取らせるシステムが確立されたが、当時はなかった。調べれば日本にはそういう制度があるのはすぐわかることだったが、何せ大相撲入りには圧倒的に反対する声がほとんどだったから調べてくれる人間などいなかった。反対すること自体に私は何も思わないが、それなりの考えが欲しかった。もし怪我したらどうするんだ?出世できなくてやめたあと就職はどうするんだ?家は誰が継ぐんだ?みたいなことまであった。つまりはifの世界なのである。これにはガッカリした。常日頃チャレンジだ積極的にいけだの言ってる割には、人生の大きな節目になるとブレーキがかかる心理になるのだろう。純粋に自分の夢を追いかけるなら大相撲だった。しかし、夢を追いかけることを何らかの理由で諦めたのであろう周りの大人たちに、日々念仏を唱えられるかのように反対され、私の中の夢は脆くも崩れ去り、大相撲入りは完全に諦めた。もとい、諦めさせられた。佐渡ヶ嶽部屋だけでなく、他にも2部屋くらいからスカウトされたがあっさり断った。

 さて、大相撲入りを諦めたということで高校進学するという方向性は固まったのだが、これはこれで頭を悩ますことになる。他県の相撲部のある高校からお誘いいただいてたが、これは大相撲入りするのと大して変わらないので鼻から頭になかった。問題は、地元の高校か、隣の市の高校に行くかということだった。地元の高校は、相撲部創設から何十年と経っている伝統校であるが、昔こそ名門と言われるほど実績はあったが少し低迷していた。一方隣の市の高校は、相撲部としての歴史はとても浅かった。スポーツ少年団で鍛錬を積んだ人達が、皆同じ高校に入り部を創設したのだ。歴史は浅くても実績はピカイチ、常に全国大会の上位に食い込んでいた。

 普通なら実績のある高校を選ぶ、今の私なら迷いなくそちらを選ぶのであるが、ここにも大人たちの事情が絡みつくのである。それについてはまた後日詳しくお伝えします。

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