自伝20 悩む高校進学

 大相撲入りはきっぱり諦めて高校進学を決めたが、こちらはこちらでまた悩んだということまで書いた。地元のそんなに強くはない高校を選ぶか、隣の市の強い高校を選ぶか・・。くどいが普通なら強い高校だ、何も迷う必要はない。ただ、地元の高校の相撲部さんには小学生の時から稽古つけてもらったりしてお世話になっていたという事実があった。今なら、それはそれ、自分の人生は別物ときっぱり割り切れるが、当時は変な義理堅いところがあったし、何より周りの大人がそうだった。お前の人生なんだから、強いところ行ったほうがいい!なんていう大人はいなかった。義理を反故すれば将来大変な思いをするかもしれないという未知の世界を案じる何の根拠もないセオリーをぶつける人間ばかり。もうどうでもよくなって、地元の高校に決めた。

 確かに、そういう心理になっても仕方がないという風潮はあるにはあった。我が地元T市と隣のS市は今はわからないが、当時は仲が悪かったことで有名だった。後々大学の教職課程の地理の先生に、地元の事を話したらそのことを言っていたくらいだから全国区で仲が悪いのが有名だったのだろう。

 相撲でもバチバチ!S市の相撲道場は全国屈指の名門、日本一厳しい道場とも言われていた。そこのメンバーがそのまま高校生になり、全国一位になったりしていた。遂には、私の地元の高校と混成チームではあるが、国民体育大会で団体優勝までしてしまった。

私の中学まで通った道場は、創設期がまだ浅く、層も薄かったが、少しずつ強くなって対抗できるようにはなっていた。だが、ほとんどが高校生になるとピタリと相撲をやめてしまうので高校では部員が集まらなかった。上林だけは、なんとかして続けさせなければと皆思っていたのだろう。実績なんてこれっぽっちもなかったし、頭数の確保ということだろうか。

 高校の進学先も見えてきた、普通科ではない高校なので、推薦入試にさせてもらった。甘えるところはとことん甘えるべき、けれどもそのせいで中3の後半は勉強にまったく身が入らず、成績はガタ落ちした。なぜなら行く高校は、お世辞にも勉強のレベルが高い高校ではなかったので勉強いらないと思ったから。しかも推薦入試は面折だけ。これがどうやってやる気を出せというのか・・。

 楽だけど楽しくはなかった。中学に通う意味を見出せなかった、片道30分かけて歩くことがどれほど苦痛だったか。まあ体重110kgにもなればきついわな。

 推薦入試も無事合格し、あとは卒業を待つのみとなった。この間の印象は足の甲を骨折して人生初の松葉杖をついたこと、使用禁止の給食配膳用のエレベーターを使わせてもらったことかな?普段なら昼休み体育館でバスケットボールして遊ぶのだが、体を動かせない。クラスのいわゆる文化系の友達と将棋に興じる、将棋盤は没収されるので彼らは紙にマス目の線を引き、駒の文字を書いて、一手ごと消しては書いてと手間はかかるが物はなくても遊べるという工夫を凝らしていた。ふふ、普段は経験できないことをさせてもろうたわ。

 さあ中学も卒業し、いよいよ高校生活が始まる。

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