鎌倉での講座

令和5年(2023)5月27日土曜日に、鎌倉市笛田の教養センターで講座を行った。当日のタイトルは、「相撲術で心と体を健康に」である。

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こんなふうに大々的にエントランスに看板を設置していただくと、大変嬉しく、少し恥ずかしくもあるが、人間というのは不思議なもので、こんな時こそ凛として堂々としてないと信用を失う。

教員免許は持てど、教鞭をとったこともない人間が先生なんて言われると、なんともむず痒くなるものだが、怯んではいけない。参加してくださる方というのは、やはり何かを求めて期待してきてくださるわけだから、どんと構える。

相撲術講座というのものは特に特別なことをするわけではない、一昔前の日本人ならなんだそんな当たり前のことと笑うであろう。しかし、その当たり前の動きが出来ず、体がもがき苦しんでいるのが今の人達なのだ。

相撲の動きを日常に取り入れる、それはすなわち、かつての日本人の動きを復習するというか、再確認するチャンスであるのだ。

相撲は腰を使う、腰が中心の動きの世界。頭が中心となっている現代に一石を投じてかつての動きを取り戻さなければいけない。

他のスポーツや、トレーニングを否定するわけではないし、むしろ体は動かした方がいい。ただ、行う前の体と心の準備はしてからスタートした方がいい。そのきっかけ作りには相撲術は持ってこいだと自信を持って言える。実際講座に参加してくれた方々は皆目から鱗が落ちるような感動を得て帰って行かれている。

特に塵手水の動作は科学では解明できないであろうくらい凄い。これをやるだけで体が一瞬にして、整う。整うとは、体幹が揺らがなくなるのだ。しかし、とても繊細でひょんなことから一瞬で解けてしまうものでもある。頭で考えてしまうだけで、すっかり意味を為さなくなってしまうのだ。

つまり、昨今人間として当たり前であるかのような「頭で考える」ということは、体にとってストレスそのものなのだ。冷静になって考えてみよう、これだけ便利な世の中になって、なぜ悩む人が増え続けるのか?それは体に負担がかかっているから他ならない。

昔はよく、腹を決める、腹を据える、肝を据える、腰を据えるなど、お腹周りを中心とした言葉が主流だった。それが、今では頭で考える、考えろ、頭を使えと呪文のように言われ続けてきた。なぜこの言葉が耳障りなのかなんとなく理解できる。

身体感覚は言葉に如実に表れる。腹が立つ→ムカつく→頭にくる、もはやそこからは自身で収まりがつかなくなり、キレる→他人に八つ当たり、最悪暴力や殺人にまで発展してしまっているのだ。

理屈では頭から意識を腹に変えれば良いのだが、言うは易し、やるは難しだ。情報が溢れかえったこの時代、スマホやPCでパパッと簡単に調べられる時代に腹で考えることなどできない。脳みそを駆使して文字を打ち込む情報を得る。その時体はどんなふうになってるか、もはや意識はない。

便利は体にとって不便そのものなのである、コスパやタスパが賞賛される時代に、しっかりとした身体感覚を保つことなど難しいのだ。人生なんて、思い通りいかないのが常である。不便な時代というのは日々日常の生活そのものが人生の縮図で、うまくいかないことの繰り返しで耐性を身につけて人としての深みを身につけていく。あらゆることを体で学び、体で覚えるのだ。

体で覚えたことはなかなか忘れることはない。時間をかけて身につけたものは、それだけ忘れ難いものなのだ。しかし、画面で簡単に検索して覚えたことなどはいとも簡単に忘れてしまう。苦労して得たものでもないから、知識に対する有り難みや価値観が希薄になってしまうのだろう。

日常生活あらゆるもの全てが日本人本来の強さを削ぎ落とし続けているのだ、これからますます便利さを追求すればするほど、体は弱くなってしまう。だから、最近ブログもSNSもご無沙汰していた。しかし、自分が活動している情報を公開する場はここしかない。

超人気店が情報非公開しているように、相撲術も人気で殺到しているなら話はわかるが、今はまだその時期ではない。いずれそうなる(予定)けどね。

かといって相撲術は、その辺のやましいサプリメントの謳い文句のように、これさえやれば強くなりますというものではない。あくまでとっかかりの部分で行ってくださいというもの、さりげないものなのでなかなか体感してくれる人も少ない。ジム行って重たいものを担いだ方が効果は目に見えてわかりやすい。

今書いていて気づいたが(最近よくある)、〜やすいというものは、消え「やすい」、安っぽい。感じやすいものは、効果も消えやすい。言葉って不思議でこうして繋がっていく。

古臭い考えでもなく、事実として体に反応、反映しにくい鍛え方など、効率の悪いと言われる稽古法は、実はものすごく理にかなっているのである。何が正解で、何が間違いかという概念は存在しない真っ暗闇のような競技人生において、五感を研ぎ澄まし、自分の力で感覚を磨いていく。それこそが個性のある型のある力士に成長していくのである。

そういう意味でも相撲術は、とても体にとって必要なことであると胸を張っていえる。残念ながら、昨今講座の最中の写真などは参加者のプライバシー保護のため、たとえモザイクを入れたとしても公開しないでほしいというお達しが多いので、公にできないのが大変残念である。

ということでやはり百聞は一見にしかずで、ぜひ来られることをオススメする。

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