美味しい店とは

食べることが大好きな俺はよくいろんなところへ出掛けて食す。

SNSで見つけたところへ行くことが多い、それが一番手っ取り早い方法だから。

ホームページなんかも充実してると期待値は高まっていたものだが・・・。

以前ネットで話題の魚料理の店に行った。

完全予約制、夢膨らむが如く胸をときめかせて行ったが・・・

至って普通であった。

値段で考えたら、見合ってない大変不満足な店で、また行こうとは思えなかった。

料理がまずいわけではない。

店主の態度が悪かった。

「いらっしゃいませ」を言わない。

昔よくいた頑固親父とはわけが違う。

あれは、長い間修行を重ねた悟りの境地を提供する者の姿で、客にもそれなりの人格が求められた。

そんな店に品のない客が金にものをいわせてこられたら、店の価値も下がるし、親父も機嫌が悪くなる。

頑固はいわばセキュリティーの一つなのだ。

本物の頑固はおれは嫌いじゃない、料理でしっかり魅せてくれるし、むしろ本物はよりワクワクする。

おれが行った店は、残念ながらそれではなかった。

丁寧に仕事はしてるが、どれも調理学校で学んだ程度の技術だけであった。

まずくはない、けれども満足はできなかった。

帰りも側を通ったのに、一言も物言わず尻を向けられた。

代わって、別の客の、酒をガンガン注文してお金をたくさん落としていったグループにはずっと話しかけていた。

つまり客への態度が金次第という、三流の人間の店だったのだ。

静かに優雅に料理を楽しみたいのに、酔いに任せて居酒屋の如くゲラゲラ喋る客。

つまり、店の主人もその客たちも同じ穴のムジナだった。

あんな店行くくらいだったら、魚屋さんで刺身を捌いてもらって、地酒の品揃い豊富な店で酒を買い、家の和室で着物着て、

箱膳でちびちびやったほうが100倍マシである。

おれがよく行く魚屋さんは、おいしいだけじゃない。

電話注文の時の元気な声だけで幸せな気分にさせてくれるし、たまにしか行かないのにいつもありがとうって言ってくれる。

また行きたくなるお店だ。

態度の悪い店に話を戻すが、嫌な店だろうなという伏線があった。

それは、客としてではなく、仕事の取引先として数回行った時のこと。

例の如く、主人は無愛想。

重たい荷物も、子守で手が離せない奥方がいつも対応。

嫌な予感は的中した・・・。

おれはある経験を経て、こういったことに気づくようになった。

それは、かの有名なあいつが主催してる¥150000の肉会に参加したことだ。

自分で事業を立ち上げたものの、どうしたらいいかわからないおれは、何かを得ようと必死だった。

いざ参加したが、例の奴との会話は20分。

料理は和牛に手の込んだ料理が供されたが、大して美味くなかった。

雰囲気も何をやりたいのかわからない。

クラブみたいににぎやかにしたいのか、料理をゆっくり食いたいのかどっちつかずの雰囲気。

奴のブランド力という知名度の餌に釣られる悪徳商法そのものだった。

この歪んだ世界だからこそ成しえる商法であるし、いつか崩壊するのは必定。

けどおれは損したとは思ってない。

はやりに流されない「感覚」という存在を確信した。

政府もあてにならない、今の日本で生き抜く術を手に入れたと思えば安かろう。

まさに肉を切らせて骨を断つである。